情報操作

寒流嫌いに対していろいろな意見がありますが、ほとんどの場合的を外している。もしくはあえてみないようにしている。

単に寒流が嫌いなんじゃない。好きとか嫌い以前に、興味がない、どうでもいい存在なだけだ。

では何が嫌なのかというと、情報操作が透けて見えるからだ。


寒流反対、フジテレビはまともになれ、という意見に対して、嫌なら見るな、という反論がある。一見もっともらしいが、本質を外している。反論になっていない、浅はかな意見なのだ。


情報操作による世論の誘導はやめろということが本質なのに、反論している人たちは理解していない。


まあ、情報操作しようとしている人は、わかりたくないんだろうと思う。


マスコミは、自分が伝えたいと思ったことだけを伝える。伝えたくない物はなかったことにする。伝えたくない視点も無視する。90%ひどい話でもそれを伝えず、10%の美談を伝えれば、それがどんなにひどい話であっても美談として放送できる。それがマスコミ。

マスコミの正当性は、マスコミの中の人がいかに正当性を保つかによる。


昔は、マスコミだというだけで正当性を保証できえた。大衆に90%のひどい部分を知る手立てがなかったのだから簡単だ。だが、現在は様々な情報が飛び交う。加えて、マスコミが以前どのような報道してきたかも簡単にわかるようになり、現在の情報との確認もできるようになった。

そこでわかったことは、中立なマスコミは存在しないということ。情報には発信者のバイアスがからなずかかっているということ。

そして、情報を握るものが一難危ない存在なのだということ。

寒流ねつ造は明らかになった。明らかになったにもかかわらず、未だに続けている。

現在のマスコミに自浄能力はない。


だから、マスコミの情報操作のわかりやすいシンボルとして、寒流がやり玉に挙がっているだけだ。


そこを理解せずに、嫌なら見なければいい、という批判・反論は意味をなさない。この両者の姿勢には天と地ほどの隔たりがある。











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